単車で走っている。

子供が生まれる前からずっと。
「なんじゃー。これー。」
って自分でアクセルを開けた瞬間だったように思う。

まぁキッカケなんて大したことじゃない。
とにかく今も走っている。

嬉しい事があろうがなかろうが。
楽しくても哀しくても、そして悔しくても走っていた。走っている。気付けば常に違う風景と新しい空気が流れてくるから。
どこを走るかは大したことじゃなくて。
どう走るかも、誰と走るかも。どこに向かって走るのかも大したことじゃなかった。
いつも同じだった風景が見違える瞬間を今だって時々思い出す。
走ることに非日常なことを求めてなんかないし。現実逃避云々なども思っていない。スカっとするなんてこともない。

もはや好きなのかもわからん。
原付でも単車でもなんでも走っていた。
「危ないやん。」
「寒いやん。」「暑いやろ。」
「遅いやん。」「重たいやん。」
「壊れへんの?」
外野が茶々入れたがるけどね。その度に一応考えてはみるけれど。

あかんよ。分かり合えるはずもない。気質が違う。好む音楽の違いと同じぐらい分かり合えない。どーでもいい。
危ないし、寒いし暑いし。重たいやら遅い?はあんま思わんけど壊れるのは壊れるし。
外野さん正解。その通りです。
けど無理です。伝えれる気も伝わる気もしません。

とにかく走ってる。
[いわゆる]期待通りの大人にはなれなかったかもしれないが、[いわゆる]無駄なことが無駄に思えん大人になってしまった。
走っていたら結婚・就職して成人して子供が産まれて子供が成人して転職して離婚して孫が産まれてまた走りだす。
春夏秋冬。だいたい毎日。
ここ数十年、より合理的な世の中になってしまって無駄なことってのはとことん省かれる流れ。
みんなそれぞれが専門専任的な知識・技術に分かれてしまって管理している人は管理をするスペシャリスト。みたいな。
同じ会社の隣の部屋は何してるか知りません。みたいな。
直属の上司・部下以外は何してるのかわかりません。みたいな。
違う部署は違う会社ぐらいの勢い。
なんじゃー。これー。

なんて感じながら流れに身を任せつつ長いものには巻かれろ的な具合で適当に生きてたらフラストレーションが溜まってしまってまた走りだす。

モノ作りが好きなもんで作ってたら壁にぶち当たって走りだす。
完成したらまた走りだす。
挙げ句に天気がよけりゃ走りだす。
毎日仕事へ行くにも走りだす。
どこへ行くのか行かないのか走りだす。
壊れて直してまた走り出す。
なんじゃー。これー。

無駄だとか。
ホンマに野暮ったいね。
無駄こそが一番の楽しみどころなんじゃないのか。
非効率だとか。
ホンマにふてこいね。
効率の高いこと≒幸せなんて全くもってNoと言える。
運命だとか。
ホンマに他力やね。
運命でもなんでもないよ。むしろ運転してんのよ。運に命なんぞ預けへんやろに。自分で運を転がすんよ。

そんなだから僕はきっと反対側。あっち側。こっち側?
Otherside?
Outside?
Edge?
だから分かんないし、肯定も、認めることもできんでしょう。
(知らんけど。)
なんて言うてる間に数百マイルも先へ転がっちゃう。

【世界に風が立つ瞬間に居てる感覚と、アクセルを開く瞬間がシンクロする】なんて。
きっと何回死んでも分らんやろから。
きっと僕は何回死んでもわかる。
生きているって感じるのは。そんな時。
走り出すんよ。いつだって。
「なんじゃー、これー。」って思いながら。



